小林睦子×吉村光弘 ダイアローグ12
●勉強してきたノウハウを障害者のために活かしたい
吉村:どんなふうにしているでしょう? 一年後…
小林:一年後はまだこのサロンをやっていますかね~。やりたいことが実はまだあるので…。
吉村:やりたいこと?
小林:はい。私、もともと介護に携わるきっかけは、障害者のお子さんのケアがきっかけで、介護の資格を取ったんです。なので、自分が勉強してきたノウハウみたいなものを、またそこに返せたらいいなと思っているところが少しあって。
障害者の方とかを対象にしたクラスというか、もしくは養護学校を慰問するとか、そういう活動が出来ればいいなと思っていて。
それが一年後になるか二年先になるかわからないですけど、自分の中で準備が整ったときにしていけたらいいかなと思います。
ただ養護学校とかだと、あまりにも広すぎて、本当はもうちょっと障害者に携わっているご家族の人とか疲れていると思うので、そういうところのケアとかをしたいんです。
吉村:それはSVAHAとして? それともまた違った形で?
小林:このサロンでは無理ですね。この場所でやり続けるとしたら無理だと思います。脳性麻痺とかいろいろな障害の方がいるので、車椅子の方とかは絶対的に無理なので。
そういうことで、ここで続けるべきかどうかというのは考えています。一階とかでバリア・フリー的なところでいい条件のところがあれば、と思っています。
ベビー・マッサージのピーター・ウォーカーも、赤ちゃんの運動能力の研究をしているグレン・ドーマンもそうですけど、もともと二人とも障害者の研究をしているんですね。というのも健常児を実験に使わせてくれる親はいないですよね。
結果的に障害者を対象にしてやっていくことですごく効果があったから、健常児にも用いたらどうなのか、っていうところで進んでいっているのが今の幼児教育だったり、ベビー・マッサージだったりするので…。
そういう人たちでさえ、障害者をいたわっていろいろとやっていたので、今自分がやっていることもそこに返せると思うんですね。ハンディ・キャップの子どもだけではなくて、親御さんとかにも返せていけたらと思いますね…。ただし、まあ…、大変ですけどね。
吉村:まあ、大変は大変ですよね。
小林:介護の仕事をしていたときに、要請出して、そういうお宅に行ってたんです。
ハンディ・キャップを持ったお子さんの家にはどうしても行きたいって言って、そういう仕事があれば回してもらっていたんですね。なので、やっぱりそこに帰っていきたいですよね。そこが自分の行動の原点だったような気がするので…。
そこに戻っていきたいかなあっていう気はしますかね。こういう今みたいな活動もしつつ、いろいろなお子さんに対する知育とかもしつつ、そこに帰って行きたいかなっていうふうに思いますね…。
吉村:そうなんですね。
小林:そうなんです。意外でしたか(笑)
吉村:いえ、意外というよりも、小林さんはもともとお芝居に対する関心とか、そういう文化的な背景があるので、ヨガに対する関心もアーティスティックな感じというか、自分の中で奥深く探求するというか、自己表現としてのヨガをアーティスティックに突き詰めていくようなところもあると思うのですけど、でもそれだけじゃなくて、自分のためっていうよりもむしろ、もっと「社会に対する具体的なアプローチ」というのをすごく大事に考えているんだなあって思いました。
小林:それはありますね。介護やっているとき楽しかったんです。うちの親とかは「アンタ、よくやるわね~」とか言ってましたけど、楽しかったですね。いろいろなボランティア・スタッフとかやったりもしましたけど、楽しかったですね。
(ハンデがあっても)みんな頑張ってますよね! みんな頑張っているなあと思って…。こんなに頑張って、こんな表現をしているとか…そういうのを見るとすごいエネルギーになりますよね。
お手伝いできることがあれば手伝いたいと思っていたし。すごいエネルギーですよね、彼らは。なので、手伝えることがあったら、時間が許す限りいつでも手伝いたいですね。
たぶん、ベビー・マッサージなんかをやったら、絶対的な効果があると思うし。自分が知っているノウハウを、もっともっと活かせる場があったらいいなと思いますね。
少人数でやる楽しさもあるんですけど、その少人数が障害者の少人数でもいいんじゃないかなって思ったり…するんです!!
吉村:素晴らいですね、ほんとにね。